将来の為に今を犠牲にすることの愚かさを語る
- daisuke ichinose

- 2021年4月26日
- 読了時間: 3分
このブログを読んでくれている皆さんは既にご存知だと思うが、筆者は刹那的に生きることが好きだ。自分という軸をしっかりと持ちつつも、日々移りゆく時代や様々な環境の変化に伴って、自分の価値観や思考、哲学的な思想に至るまで、すぐに変わってしまう。
昨日の価値観が今日変わるなんていうことはザラだ。いやいや、それってブレブレやないすか?と思った方もいるとは思うが、昨日の価値観を否定し、今日の新しい価値観を肯定する自分を信頼しているからこそできるという意味においては、芯の根幹部分においては揺るがないとも言える。
冒頭から訳の分からないことを言っているかもしれないが、今回のテーマは刹那的な生き方に言及する内容になってくるので、その真意が少しでも伝わればと思っております。
まず前提条件として、将来の為に今を犠牲にすることは悪いことなのか?という問いについて、深〜く掘り下げていこうと思う。結論から言えば、条件付きで、将来の為に今を犠牲にしてもいいし、将来を優先させるべき状況があるということだ。
それは、人生をかけて成し遂げたい目標ができた時、今という瞬間の全てを、その目標達成の為の時間に費やすべきという条件だ。本当にやりたいことがある人間というものは、その将来絶対叶えるべき目標の為に、どうしたら叶えられるかを逆算して考える為、その逆算から導き出される答えが今取るべき行動であり、選択になる。
これは傍から見れば、今を犠牲にしていると勘違いされがちなのだが、当の本人達は今を犠牲にしているという感覚など微塵もない。むしろ、今この瞬間に自分の情熱の全てを注いでいるという充足感や達成感によって、満たされているくらいだ。
こう考えると、人生をかけて成し遂げたい目標を見つけた人は最強だ。何故なら、死ぬ時に1番後悔することは、やらなかったことに対する後悔だからだ。人生は経験の連続だ。
やりたいことをやりきった人の人生に、後悔などあるはずがない。
だが、全ての人が皆そんな高い志を持てるわけではない。自分の人生の目標を見つけられるのも、才能の一種だからだ。人生の目標などという大それたモノなど、普通は持ち合わせていない。だからこそ、ここで筆者は提言したい!将来を見据えながら刹那的に生きるのが1番バランスが良いのでは?と。
刹那的に生きると言っても、ただ自分の感情や欲求に従って日々を送るのは間違っていると思う。これだと、確実に近い将来詰むことになるだけだ。ただし、刹那的に今やりたいことだけを優先させるべき時期というものがある。それは・・・青春時代だ!
ちょっといきなり古臭いことを言ってしまったが、これだけは断言できる。何故なら、青春時代の若い時にしか経験できない貴重な体験というものがあるからだ。こればっかりは、たとえ後から取り戻そうとしても無理だ。これこそが、筆者が刹那的な生き方に拘る理由だ!
その時の年齢でしか経験できない体験というものが確かにある。その時にしか経験できないことを将来の為に後回しにし、犠牲にする行為は間違っているし、とてももったいない。
どんなにお金を積んでも得られない経験という価値をきちんと理解し、その都度将来に回すべき時間やお金、そして経験を天秤にかけて判断していく。これこそが、人生を最大限に謳歌し、楽しむ為に必要な必須のスキルと呼べるのではないだろうか?
少々熱く語りすぎてしまったのでこの辺で終わりにするが、日々様々な選択肢の中で、現在と未来を天秤にかけながら、常にバランスのとれた選択をしていくことが、人生という長いようで短いゲームの攻略には有効な手段と言えるのではないでしょうか? Good Luck!



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