優秀な人間が陥るジレンマと幻想
- daisuke ichinose

- 2021年4月10日
- 読了時間: 3分
このブログを読んでくれている皆さんは、間違いなく優秀だ!断言しよう。
何故なら、こんなニッチなブログまで足を運び、知識や教養、その他あらゆる情報の機微に触れようと努力している人達だからだ。
今回は、そんな優秀な皆さんだからこそ陥りがちなジレンマと、注意すべき幻想を列挙し、共有していきたいと思う。
まずは、優秀であるが故に陥ってしまう、この社会の真実とも言うべき核心、優秀な皆さんを真に評価できる人など存在しないという事実だ。考えてもみてほしい。
この日本社会における企業の組織構造からして、優秀な人間が真に必要とされているわけではない。というよりも、邪魔な存在ですらある。それは何故か?
日本企業における組織の中枢、即ち会社組織の上層部にいる人間が求めている人材、それは、自分達の意見を100%受け入れ実行してくれる人材・・・YESマンだ!
これこそが、日本企業における組織で成り上がる為の絶対条件であり、最低条件でもある。
更に付け加えるならば、企業の中枢にいる人材よりも能力が低いということが重要になってくる。単純に、自分達よりも優秀な人間がいることが面白くないのだ。
下手をすれば、優秀な人間が自分達の立場を脅かす脅威と成り得る為、彼らは自分よりも優秀な人間が心底嫌いなのだ。
要するに、日本企業で真に優秀な人間が評価されることなどなく、その優秀な人間を評価するのは、その優秀な人よりも能力の低い上司が評価することになるわけで、その無能な上司が部下のポテンシャルを正確に把握すること自体がそもそも不可能な話なのだ。
従って、既に優秀な皆さんが、周りからの評価を気にする必要は一切ない。断言しよう!
何故なら、優秀な皆さんを評価できるだけの能力を備えた上司など存在しないのだから。
だから、たとえ皆さんが会社内で中々評価されなかったとしても気に病む必要などない。
全ては自分の中にある価値観に従っていけばいいだけだ。馬鹿な上司や周りの無能などほっとけばいい。
優秀な人間が追い求めてしまう幻想、それは・・・今いる場所よりももっと良いところがあるはずだという、ありもしない幻想だ。これは、砂漠の中でオアシスを探し求めるようなものなので、諦めた方がいい。優秀な人間というものは、自分が周りと比べて優秀であるということに自ら気づいているものだ。従って、その慢心にも似た思い込みが、終わりのない迷走へと駆り立ててしまう原因とも言える。自分をもっと評価してくれる場所が必ずあるはずだと。だが、そんなものは幻想にすぎない。優秀な皆さんを真に評価できる場所などどこにもありはしないんだ。これが現実だ。
筆者の結論としては、やはり優秀な人間は起業すべきだと思う。会社の歯車としてその優秀さを発揮したところで、得られるリターンなどたかが知れている。その労力を何か他のベクトルに向けた方がよっぽど有意義だし、精神衛生上もよろしいのではないだろうか?
まずは、会社内での評価や出世に繋げる為の無駄な努力をやめて、そのエネルギーを別の方向へ向けることで新しい扉は開けるはずだ!
優秀な君は、そんな所でくすぶっている場合ではないはずだ。下手をすれば、無能共の毒に犯され、君自身の光が徐々に消されていく危険性すらある。さぁ、始めようぜ!!



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